熱しやすくて冷めやすいっていろいろ損してる感じがする

お酒や気に入った物、興味のある事を何気なく書いてます

Wizardry#1が今でも最高のゲームと思っている その5

時は流れてWindows全盛期、、、Diablo2、リネージュ2なんかも少しやったウルティマオンラインなんていう懐かしいタイトルもオンラインゲームとして頑張っていたが、ふとした中古ソフト屋さんで見つけたWizardryコレクション PC-98版を収録とありました当時は何ら価値を感じない価格、、、たしか3000円しなかったと記憶していますが、今では中古で35,000円とアマゾンで高値で出品されていました。
たぶんWizには版権の問題が絡んでいるからだと思います。

Wizardry著作権で検索すれば詳細がわかると思いますがSir-Techと原作者との間で訴訟問題に発展しておりそれが影響しているといわれています。
1~5も関しては版権の所在がはっきりしないという事ですね
とにかく買うだけ買って本棚に鎮座していたソフトです、とりあえず遊び方が良くわからなかった。
私は説明書を読むタイプではないので直感で操作するのですが、、、まさかエミュレーターとは
それでも昔を思い出すのに時間はかかりませんでした。
あっと言う間にあのくらい洞窟の世界に引きずり込まれていきました、、、、
そしてボルタックが高島屋位の品揃えになった頃、自然とゲームから離れていくのでした、、、、

さて今遊んでも十分面白いWizardryですが、先ほど説明した通り非常に高価になっており手に入れるのが困難という事になります
そこで遊ぶ方法をいくつか模索してみますと
Wizardry エミュレーター」でグーグル検索しますといくつかの情報が手に入ります。
※あくまで自己責任でお願いします
ブラウザーエミュレーターで楽しむものやAppleエミュレーターを使用して楽しむものや実は無償で楽しむ方法がいくつか見つかります(見たところApple版のみですが)
※あくまで自己責任でお願いします
というのもWizの1~5は版権がややこしくて商業再販がほぼ見込めないのです
ですから海外のサイトで配布しているデータが果たして合法なのか違法なのかグレーなのですね
私は運よくPC-98版を所有しているのでいつもでも楽しめますが、この面白さを知っているのに楽しめないのはなかなかの地獄ですよね
Wizの面白さを知っている者は一定周期で無性にWizardryで遊びたくなるのです

ちなみにちょっと特徴を明記しておきますとWizardryCollection的な物にはにはApple版、IBMPC/AT版、PC-98版の三種類があるそうです

ウィザードリィコレクション Apple版とPC-98版が同じ名前で販売されていましたApple版は本付き
Ultimate Wizardry Archives PC-DOS

私がPC-98版Wizをこよなく愛するのはいくつか理由があります。
まずApple版を使うとわかるのですが操作性が悪い(不親切というかなんというか、、、)
次にApple版はモンスターに驚かされた場合に先制魔法攻撃が強烈すぎる(ある意味、死と隣り合わせを地で行く)
次にKATINOがほぼ効かない、、、、(低レベル時の心のよりどころなのに、、、)
次にお金の操作が面倒だ(POOLGOLDやDIVVYGOLDがあると強烈に便利、宿屋とかボルタックとか)

まぁいろいろと書きましたが、これからもWizardryをやったりやめたりすることになるでしょう。

ただWizardryのゲームデータだけはずーっと大事に保管し続けることになると思います

Wizardry#1が今でも最高のゲームと思っている その4

Wizを卒業した私はゲームからしばらく離れることになります。
といいますのがパソコンが我が家からなくなるからです。
当時パソコンはとても高価でしてしかも仕事と関係のない趣味でパソコンを使うにはそれなりの覚悟が必要だったのです。

次に我が家にPCが来るのは私が大学生の時、PC/AT互換機という黒船が日本に打ち寄せました。
簡単に言うとIBMが販売していたPC/ATというパソコンの規格を公開する(オープンアーキテクスチャー)によって互換機が普及することなる

IBMは本家を脅かすほどの脅威になるとは思っていなかったようだが、、、

これはペリー並みの大事件でして、前々前回書きましたが対応ソフトの多さがPCの販売数を後押しすると同時に販売数の多さが対応ソフトの充実を後押しするというヒヨコが先か卵が先かという話ですね
これまでNECはPC-88PC-98と8ビット16ビットともにメインストリームを突っ走りシャープ、富士通を蹴落としてすでに安倍政権並みに1強となっていたわけですが、そこにPC/ATという名の技術力があれば飛び込み放題という受け皿を用意してきたわけですから、、、、今NECが傾いているのは少なからずこのころのショックが影響していると私は勝手に思っています。
いずれにせよ父がマイクロソフトのフライトシュミレーターがやりたいとPC/AT互換機を購入する事となりました。
さてメーカーはパッカードベル、倍速CD-ROMとハードディスクを備えたSIMMメモリーのモデルです
CPUはDX4という今の人は「なにそれ?」というCPUだが当時はそれでも画期的だったわけですよ
ちなみに周波数は75MHZだったかな~
そもそもPCのパーツ構成を交換するとか当時は考えられなかったわけです。

何はともあれMS-DOSというOSをインストールします3.5FDDが6枚ぐらいだったと記憶しています
その後にWindows3.1をインストールします3.5FDDが10枚以上あったと思います
その後にWindows95のアップグレード版をCDでインストールします
これは社会現象にもなったのでご存知の方多いと思いますが、この当時と今とで基本的なUIが変わっていないのはすごい話ですね

そのうちペンティアム MMXペンティアムなんかが発売されて周波数も166MHZとかにアップしていってどんどん早くなっていきます
このころはまるのがDiabloです、ブリザードが販売していた海外ゲームです。
バトルネットというサーバーに接続してマルチプレイですPK(プレイヤーキラー)という言葉、チート(インチキ)という言葉もこのゲームで覚えました。
当時はそれほど厳しくなかったのです、ですからサーバーでゲームを作って待つ、入ってくる海外プレイヤーにチートアイテムをくれを言うといろいろくれました
中でもZodiacと修飾子が付くアイテムは強力でモンスターの群れの中でもほぼダメージを受けないというある意味面白くないわけです。

ところがそのころ私も就職というぬるま湯生活にピリオドを打つ時がやってきますので、そこからは仕事で汎用機を使うようになります

ゲームなんか1ミリも興味がなくなりデータベースばっかり触るようになります。
Pascalなんて動きませんからCOBOLでガリガリプログラミング、コンピューターに対する興味が急激に失われていきます、、、、、

 

Wizardry#1が今でも最高のゲームと思っている その3

この辺でWizardryについて少し説明を、、、、
前回お話しましたが、レベルアップの強くなるという事がほかのゲームと少し違う意味を持つのです。
キャラクターのレベルアップと同時にユーザーもレベルアップしていきます。
呪文のタイピングスピード、解呪(ディスペル)を含めて複合パーティのモンスターに対応した柔軟な戦術など地下9階まで降りる事ができるようになるとユーザーもかなり熟達してきます。
帰城のタイミングや立ち回りなど呪文回数に余裕ができて楽にはなりますが国産RPGの様に圧倒的な火力で死の心配がいらないという事にはなりません。
強いモンスターに遭遇するとリスクはありますが勝利する事で得られるアイテムの魅力についついもう一部屋と足を踏み入れてしまうのです。
そのうちMAZEとありますが迷路ではなくなります
何の変哲もないワイヤーフレームダンジョン風景が見覚えのある場所になるのです
何歩歩けば突き当たるか体が覚えます
そしてダンジョンでの生活が大半を占め城にあまり帰ってこなくなります。

ある雑誌(だったと思う)のWizardryの解説にこうありました。
Wizardryの魅力に取りつかれ地下迷宮で戦いに明け暮れる内にどんどん強くなり、モンスターたちから恐れられるようになる
旅の目的である地下10階にいる悪の魔法使いワードナーを倒し、伝説の魔除けを手に入れると魔除けの力に魅了され帰城して王に献上することを拒み地下奥底にとどまるようになる、そうして第二のワードナーが生まれる」的な事が書かれていまして本当にその通りだなぁと感心したものです

いずれにしてもワードナーを何度殺したかわかりません
既に100回は軽く超えています、それでもせっせと地下に潜り近くの本屋に行くようにワードナーの部屋まで行きそして倒してMALORで帰還、また潜って殺して帰還
通常ならば一度クリアしたゲームを何度もやり直すという事はないと思います
隠れキャラ、コマンド、アイテムを手に入れる為とかなら別ですがところがWizは何度でも楽しめます
なぜなのか?
このPascalという言語で書かれたゲーム、乱数による判定が非常に多く取り入れられているという点
つまりかなり運に左右される要素が多いという事とそれを受け入れるゲームスタイル(シナリオ)であるという事。
とは言っても5インチの2D1枚に入るサイズですから500kbより小さい、にも関わらず絶妙なゲームバランスと乱数を使用する事でゲームに奥行きを表現している点は素晴らしいと思います

しかしながら、そうして楽しんでいたゲームでも次第にやらなくなります。
パーティは全員HPが3桁になり、侍、ロード、忍者という戦士職プラス副業の3人にそれぞれ伝説になるような武器を装備させ、歩けば体力回復する指輪をたくさんつけて+1程度の装備はその場でポイ捨てし
ボルタックは充実、金さえ出せば最強の武器が購入可能となります
あれほど恐れたグレーターデーモンをなぶり殺し、次から次へと仲間を呼ばせてそいつもなぶり殺し
そして少しづつゲームから離れていくのでした。

 

さて、前回のコメントに書いた通り

ベッキーからコメントが発表されました。

www.oricon.co.jp前回コメント書いた通りです。

さて、この状況を自分の事のように置き換えてさんざん非難してきた、また非難をする人を支持してきた方はどのように考えているのでしょうか?

これから恥ずかしくてコメント書けないのでは?とおもったところ

 

>「『ベッキーは番組出演に感謝してるじゃん』って言って蹴りを入れられた事を全く問題視しない人達、本人が告発すると仕事に支障が出るとか想像しないのか」
「この問題は男性とか女性とかあるいはベッキーさん個人の問題ではなく、公共の電波で暴力があるいはいじめが堂々と放送されたことに問題があると思う」

ベッキーよ、タイキックに感謝するのはやめなさい」と題したブログ記事を公開し、
「これはわかりやすい『こいつには何も言っても、やってもいい』といういじめの構造の複製そのものではないか。再起を図るにしても、別のやり方があるだろう」

 

という遂には本人意思の無視した理論で批判が始まるという結果、、、

例えばこれが所属事務所社長であったり家族であったりすればわからないでもないが、本人と全くかかわりのない他人がその人の仕事の根幹にかかわる部分を否定するというのはどうかと思います?

これが長引くとベッキー批判にも飛び火して再起の足を引っ張る事にもなりかねない、、

 

大体私なんか見ている分には「もう嫌がる絵は十分撮れたよ」という感じで、嫌がるリアクション、痛がるリアクション、騙された感の演技も十分理解できて、そのうえで「ベッキー、これはうれしいだろうな~」と見てましたけど、、、

ふつうはそうじゃないのでしょうか?

 

ガキの使いやあらへんで 絶対に笑ってはいけない アメリカンポリス24時 笑った~

いろいろ論争を巻き起こしているガキ使ですが、私は単純に面白見させていただきました。

ところがなんにでも反応する人がいるもので、、、、

・浜ちゃんのエディマーフィーの扮装が黒人に対する人権差別だ!

ベッキーへのタイキックはパワハラだ!

というのがいま巷で巻き起こっている批判声だそうです。

、、、、、え?

 

浜ちゃんの黒人フェイスにスタジャン、グレーのトレーナー、アディダスのカントリー?ばっちりビバリーヒルズコップのエディマーフィーなのに、、、、

本当にそんな風に思った日本人がたくさんいるのかね?

 

ベッキーへのタイキックがパワハラだ、不倫の禊だといって蹴られたのは女性に対する不当な扱いだ男性と違いすぎるのだそうです。

 

、、、、、はぁ?

 

いつもお尻とたたいている棒はフニョフニョで気持ちのいい音が鳴るようにできている

それに芸人の痛がるリアクション芸を合わせて笑いにつながると思っている。

ベッキーも決して痛くないわけではないだろう、だが自分が謹慎するきっかけになった出来事を笑い飛ばしてバラエティに出るきっかけになれば本人は喜んでいるのではないだろうか?

いつもワイドショーで申し訳なかったと神妙な顔つきで謝罪ばかりしてきたのだから

大体、袴田もかなり恥ずかしいはずだが、やったことを隠さず笑い飛ばす事で次から番組に出やすくなるのではないのか?

彼らは芸能人で芸能界に生きているという事をきちんと考えなければいけない

 

 

 

Wizardry#1が今でも最高のゲームと思っている その2

さて、何とか高校受験も終わり3流公立高校へもぐりこんだ私はそれまで楽しめなかったいろんなゲームをやり始めます。

メルヘンベール、エリシュオン、レリクス、マーダークラブ(めちゃ面白かった)、マンハッタンレクイエム、破邪の封印、ウィングマンテグザー

さてこのあたりのゲームを今検索するとすぐにわかりますが当時は美麗なグラフィックでしたが少々派手、、、目と心が疲れてくるわけです。
確かに面白いのは面白いですがどれも途中でやめるか、スグにラストまで行くかのどちらかでジックリと楽しむことができませんでした。
そんなある日、雑誌のログインの中にやけに雰囲気のあるイラストが載っていました。
末弥 純氏のWizのイラストでした。
悪のパーティだと思いますHELM+2(E)をかぶっていたので、、、そのイラストは今でもはっきり思い出せます。
ムラマサ、手裏剣、コールドチェーンメール、GARBS Of LORDSなどの希少アイテムを装備したパーティのイラストでした。
今ではWizファンの間では超有名な末弥 純氏ですが、私は当時全く存じ上げませんでした。
ただそのイラストの強烈な印象に私はそのページを端から端まで目を通しました。
そのページには末弥 純氏がApple版Wizのヘビーユーザーで石の中でパーティを失ったときはマシンの前で泣いていたなんて言うエピソードも紹介されていました。
いずれにせよ黒画面にワイヤーフレームのシンプルな迷路、、、名目上は地下洞窟でしょうが宇宙船の中のようなダンジョンです。
モンスターのグラフィックは貧弱で全然怖そうにありませんが、念のためApple版の写真も見てみると、にじみが若干あるもののグラフィックはもうモンスターと認識することは不可、ついでに自分達の姿はグラフィック表示されませんから装備は文字表示のみという事になります。
そんなゲームを泣くほどやり込み、人を引き付けて止まないイラストに表現する
このゲームに少し興味が出てきました。

ほこりのかぶったパッケージを引っ張り出しDupDISKを作成してゲームに挑みます。
のちに善悪合同のパーティなんて言うこともやるわけですが最初ですから王道でFFFTPMでGOODパーティです。
私は光栄のダンジョンで懲りたので3Dダンジョンが苦手なのですがWizは少し違いました。
最初は降りてすぐ右に行ったところの玄室、降りて突き当りを右に曲がり次の突き当りまでの右手にある2つの玄室この3つの玄室と城を行ったり来たりします。
ある程度のレベルまではそれが精一杯なのですがそれを繰り返しているうちに少しずつ探索範囲を広げていけます。
そんなことをしていると地下1階はもう庭のようになってきます、国産RPGのように出口を求めてあてもなく彷徨うダンジョンとは違うのです
このあたりから「おや?いつものゲームと少し違うな?」と気が付きます。
そのうち他のゲームと違い必ず効果のあるわけではない魔法の効き目を気にするようになります。
もちろん呪文スペルをタイプするわけですが、初めはマニュアルを見ながら効果を確認してのタイプからそのうち何も見ずにもちろん効果も熟知したうえでタイプするようになります
そうすると「おや、魔法使い(僧侶)としての自分のレベルが上がってきたぞ」となります。
そしてレベルが上がっても失敗する罠の解錠にドキドキします。
Wizはレベルが上がると強くなりますこれはほかのゲームでも同じことだと思いますが、呪文回数は増えても無限に使えるようになるわけではありません。
石に入ればロストです、MALORで上空にテレポートすれば落ちて死にますし、灰で蘇生に失敗すればロスト、クリティカルヒットで即死なんていうことも普通に発生します
つまり「強くなる」というより熟達と言ったほうがしっくりくるようになります。
そうして常に死と隣り合わせで迷宮をうろつくようになってくると頭の中にあのイラストの風景が浮かんでくるのです、、、、

 

Wizardry#1が今でも最高のゲームと思っている その1

Wizardryというゲーム、、、についてちょっと書きたいと思います
これに関してはかなりの思い入れがあり、また関係ないような事も書いてしまいますがご了承ください

このゲームは今から35年以上前にAppleⅡというマシンで動くゲームとして発表されました。
ちなみにこのAppleⅡは今のアップル社が発売した初めてのパソコンという事になります。
(実はApple1という物がありましたがこれは基板のみの販売でしたから)
瞬く間にヒットしたこのゲームは1985年に日本語版として発売されます。
プラットフォームはいろいろありましたが私はPC-98VM2というマシンで遊んでいたと記憶しています。
当時我が家は父親がパソコン好きという事もありまして、まずPC-6001が導入されます、これは当時パピコンと呼ばれていたNECでもかなりエントリークラスのパソコンになります。
カセットテープでプログラムをロードしたりセーブしたり今の時代から考えると想像できないでしょう。

次に導入されるのがPC-8001Mk2というマシンです、これは明らかな選定ミスでしてPC-8001の大ヒットに気をよくしたNECPC-8001の弱点であるグラフィックと音を強化して発売しましたが、残念ながら時代はすでにPC-8801mk2(フロッピーディスクシステム内臓)へと移っていたのです。

このころをご存知ない方はピンと来ないかもしれませんが、当時のコンピューターソフトは対応機種という物が決まっておりPC-8001用とあればほかの機種PC-8801では動かないのです(一部互換モードという物がありましたが)という事でソフトが発表されるとどの機種で発売されるかはその時のメインストリーム機種でしか発売されませんでした。
当然の事ながらソフト発売元はたくさん売れる事を望みますからマイナー機種は切り捨てられます。
ちなみに当時のメインストリームはNECのPC-8801mk2、シャープX1、富士通FM-7となりますからPC-8001mk2なんて機種にはほぼソフトが発売される事はありませんでした。

その後です我が家もメジャーな機種を購入しようと買い替えを行いますが購入した機種がPC-8801mk2MRというちょっと変わった機種、当時5インチフロッピーの2HDという規格が使えたマシンですが使わないです。
それでもPC-8801mk2系のソフトが動いたのでこのあたりからかなりゲームを楽しみました。
このころからメジャーなゲームを楽しめるようになってきましたので片っ端からゲームを購入して遊びました。
まずザナドゥハイドライド、無限の心臓この辺が金字塔ですかね?RPGというジャンルはすでにPC-8001mk2の時に光栄のダンジョンで体験してました(クソゲーでしたが)のでスムーズに楽しめました。
さてこのあたりからゲーム雑誌という物を立ち読み程度、もらった物(お金は出さない)の中に海外ゲーム!と銘打って紹介されていたのが「ウルティマ4」だったのです。(Wizではありません)
さてAppleⅡ独特のにじみのあるグラフィックと色彩、当時のPC-88と比べるとかなり見劣りする事は間違いありませんが、でも雰囲気がガッツリと出ております。
無限の心臓の視界が視点をベースに変化する影から開けるような処理もウルティマが先駆けだったわけですが、それ以上にそのゲーム目的が当時の日本のRPGのように「・・・を手に入れろ」とか「・・・を倒して平和を取り戻せ!」とかいうわかりやすい目的ではなく「主人公の目的は3つの原理と8つの徳を究めた徳の化身アバタールとなること」という宗教・哲学的な要素がふんだんに盛り込まれてきます。

なによりもショックを受けたのがゲームとしてのビジュアルよりも内容に重点をおいて作られている点でした。
当時の売れ筋ゲームであるザナドゥは主人公の持つ武器、防具によってキャラクターグラフィックが変化することが一つの売りではありましたが、ゲームの面白さはそんなことではなく中身が重要だ!
と私の心に大きく影響を与えた作品でした。
そこから一通りゲームを楽しんだ私はちょうど中学3年生になったころあるゲームを購入することになります。
これが「Wizardry1」、我が家には中古のPC-98VM2がすでにありましたがそれほどゲームに熱中することもなくなっていました。
Apple版からの移植(当時はこのように言った)という事で今でいうジャケ買い(パケ買い?)だったわけですがゲームを始めて1時間でそのゲームを机の奥深くとしまい込んでしまうのです。
ビジュアルにこだわりませんが限度がありますわ~!とばかりにお金をどぶに捨てたと大いに嘆いたものです。